1/9(火)カルサディージャ・デラ・クエサ~サアグン
今朝は同室の二人はなかなか起きてこない。
私は7時過ぎに起きて準備して、少しぼんやりしたり。一人でも出られるけど、入口に何本も置いてある杖が気になっていた。泊まっている人は私達の他にいないから宿泊者の物ではないみたいで、もし余ってる物だったら買わせてもらえたらありがたいなあと。今日の目的地のサアグンは結構大きな町だから着いてから探せば杖も買えそうなんだけど、今日歩くのを少しでも楽にしたいなあと思って。
8時頃にDさんはやってきた。ここで杖は買える? と聞いたら、入口のじゃなくて事務所から木の杖を一本持ってきて渡してくれた。値段を聞いたけどあげるから持っていけという事らしい。
もう本当にありがたかった。この日以降この杖にどれだけ助けられた事か。
三人で歩きだすけどすぐにバラバラになる。この辺りで距離を稼ぐ、と言っていたMちゃんはその通りかなりの速さで、J君はマイペース、私は一番後ろでゆっくりと無理せず。杖、あるとかなり負担が違う。足もだけど上半身がフラフラしない。
スペインに来て二度目の晴れた朝日。でも、今日は日が昇りきる頃には天気が崩れてきて本格的な雪に。
途中でお菓子休憩を取り、また歩きだした昼頃には道が真っ白になっていた。
車の通る道路にはぎりぎり積もらないぐらいの降り。けど巡礼路はだいたい土なのでしっかり積もっていく。
でも今日は初日や翌日よりずっと寒いのに、昨日までよりしっかり歩けていて疲労もそこまで酷くない。何より心持ちが全然違って凄く楽。
杖効果。それに昨日のホスピタレイロDさんがあんまり明るいのでこっちもそんな空気が移ったのかもしれない。Mちゃんが言ってた通り身体がようやく歩くのに慣れてきた事。昨日久々に日本語をたくさん話して気が休まった事。同じ天気が悪い道でも、私一人で歩くしかなかった日と違って通り過ぎる車がそこそこあって人の気配がする事。まあ理由は色々だけどかなり前向きになっている。
後から思えば、体調面ではここからアストルガあたりが絶好調でした(歩くのは相変わらず遅いけど)。後半またちょっと不調になるけどそれはまあ後で。
14時頃に途中の街でお昼にする。カフェコンレチェとバナナ。
この辺りから車道を通る車の量がぐっと増えている。多分レオンが近いからなんだろうな。
Sahabun Cluny pilgrims Hostel
16時頃にサアグン到着。
線路のある街。旅客の駅もあるけど、街の入口付近は貨物線なのかな? 何となく、私の地元の風景に似ているからそう思っただけでちゃんと確認はしていない。
この線路の感じとか本当にうちの実家近くによく似ていて。もし左右に見えるのが瓦屋根だったらまんま地元。街中に入ると全然違うけどね。
公営のアルベルゲ着。
受付にお姉さんが一人。使い方解るよね? じゃあどうぞ、みたいな感じで一人で二階へ上がる。今日も私の他に誰もいない状態。
広いのに占拠出来ている……けど、結局出入りしやすい入口近くを選んでしまう。
キッチン有り。コンロ・電子レンジ有り。食器はあるけどふきんとかはないのでタオルなりペーパーなり必要な感じ。
エアコンは設定温度があるのかついたり消えたり。けど、天井が高いものであまり暖まらない……。
シャワーから出てきて凍える程ではなかったので一安心。
地図を確認し、近くにスーパーがあるのでそこへ行きがてら近所を散策する。鉄道の駅とバス停も近いのを確かめる。電車でレオンまでショートカットする事も出来る。
外へ出たら雪は小降りになっていて、特にカッパがなくても大丈夫な程だった。スーパーでお菓子の補充とパンとチーズを買う。こんな初めてのおつかいレベルの買物でやったー買えたと喜んでいるから気楽なものだ。
暗くなってからもう一度外に出ようとしたら玄関へ通じるドアが閉まってる。なんかでかい錠が嵌まってて閉じこめられたやつ??? と周囲を見たら、裏口のドアが出られるようになっている。しかしこれは……とブルゴスのアルベルゲのベランダで閉めだされたのを思いだして外へ出ていいものか迷う。外へ出るドアをベランダの扉のように半開きにはしておけないし、けど閉めると私が帰ってこられない……。
一人で暫し悩んでから、ドアに穴が空いていて紐が外に出ているのに気がつく。で、この紐を外から引っぱると鍵が開く(物理的に)。
あー普通に閉めて出てこれで入ればいいのか(防犯的にゆるゆるだー)。で、門限になったら誰かが抜くわけか、と気づいて普通に門から出た。一度外から紐を引き、問題無く開けられると確かめてから晩ご飯に行く。
アルベルゲのすぐ向かいのバルで夕食。なにげに一人でバルで晩ご飯食べるのは始めてだった。
ハンバーガーとトルティージャとロゼワイン。7.5ユーロ。ハンバーガーがバンズじゃなくてでかいバゲットに挟まれてくるようなやつでかなりボリュームがあった。
店内のテレビを見ていたらスペイン北部はどこも大雪、みたいなのをやっていた。地図が映って、それを見る限りはこの先行くところだいたい降っているような。
明日から歩くところもきっと雪なんだろうなあと思いつつ、やっぱり一昨日までと比べると全然悲観的になっていない。やっぱりお腹いっぱいになると元気になるものだ。よし全然頑張れる。
紐を引いてアルベルゲに入るとやけに騒がしい。私以外にいないはずなのに何故……と声の聞こえる、錠の掛けられたほうのガラスのドアの向こうを見ると、なんかダンスの練習みたいな事をやっていた。地元の集まりか何かだろうか向こう側のアルベルゲじゃない部分にステージがあって音楽がかかってる。
結局21時ぐらいまで音楽は聞こえていたけどそんなに気にせず寝た。
1/8(月)カリオン・デ・ロス・コンデス~カルサディージャ・デラ・クエサ
朝起きて準備。
カフェが開くのは九時ぐらいなのかな? とりあえず顔洗ってこのアルベルゲは朝は何時までいられるのかな……とか色々と考える。
お湯はあるからお茶か味噌汁(インスタント持ってきてた)飲もうかな、とキッチンの前に出たところで何度か宿とか一緒になってるJさんが朝食を広げていた。
食べる? と聞かれて少しだけ貰うつもりが、Jさんは超自炊派でパンはバゲット一本持ってたしジャムは瓶、チーズとかハムも大袋で買ってて紅茶もリットルあるのでむしろどんどん食べなさい、という状態で甘える事に。H君も加わってキッチンで賑やかに食事する。ごちそうになったので洗い物引き受けました。
おかげでカフェが開くのを待たなくてよくなったので予定より早くに出発出来た。
この日は歩きだして初めての晴天で、綺麗な朝焼けを見られた。
町を抜けるともうずっと真っ直ぐな道が続く。時々両脇に並木があったり遠くに町が見えたりはするけれど、だいたいずっと麦畑の中を進んでいく。
登り坂も下り坂もないから足はそんなに辛くない。ただ進んでも進んでもまっすぐな道の左右に季節外れの麦畑があるばかりで、時々ある距離表示の標識がとても気になってしまう。
朝ゆっくり出てきたH君J君に順番に抜かされる。その時杖無いの? ってH君に聞かれて無いんだよーと。
よく傘なんか置き忘れる性格と、両手を塞いだまま歩くのは自由がきかないんじゃないかな、と思って杖は持ってこなかったんだけどまあ素人考えでしたね。下り坂で足に掛かる負荷がかなりのものでこれは杖が欲しいやつだった。
特に町へ着く直前の丘から下る時にそう思った。
calzadilla de la cueza
朝からだいたい17.5キロぐらい歩くと着く最初の町。
到着時点で14時頃。次に泊まれるのは13キロぐらい先。
うんやっぱり今日はここに泊まろう。歩いて四日目でさすがに足もガクガクだし。
今日ここに泊まり、明日は約20キロ先の大きめの町サアグンに泊まればちょうどいい距離になりそう。
町が見えたらまずアルベルゲ……を探そうとするが探さなくてもいいぐらいすぐ目の前にあった。しかもとても分かりやすい。
真っ直ぐ歩いて行くと町のすぐ入口に右に1軒、左に2軒、壁にアルベルゲと分かりやすく書いてある建物がある。
さて開いてるのはどれかな……と調べようとしたら、一番左側のアルベルゲからJ君がちょうど出てきたのでそのままそこにチェックイン。7ユーロでお釣りはなしで出してと言われて両替したかったどころか小銭がほぼなくなってしまった。
ホスピタレイロはDさんという陽気なおじさんと、カフェ側にもう一人いた。
J君あんなに早く歩いてたのにここにいるのがちょっと意外だった。H君はもっと先の町まで歩いていったようでここにはいない。
「知ってる子の隣? コンセントの近く?」
とベッドを聞かれてとりあえずコンセント確保。あと人が多い時以外はベッドは少し間が開くぐらいがいいです。隣男の子だと着替えとか多少気を遣うし。
こんなに早い時間に着いてのんびりするのは初めてだなー。
着いて早々階段を登るのも苦労するぐらい疲れている私にDさんがマッサージがいいぞと言っている。
お湯で温めて、と言っていたのでそうだなあ早めにシャワー浴びるかとか考えながら荷物の整理をしていたら、Dさんが大きなたらいにお湯を入れて持ってきた。え? これ使ってもいいの? わーい足湯だ至れり尽くせりだー。
足を温め、マッサージもしてもらって極楽気分。アイシングがどうのこうのって聞こえた気がするけど……。
Dさんが下りていき、私はしばらくお湯に足をつけていたけど少し冷めてきたからそろそろこのたらいを片づけようか……と持って階段へ向かったところでまたDさんが戻ってきた。大量の氷の入った容器を抱えて。
アイシング、コールド、って聞こえたような。
「え……」
目の前で片づけられるお湯。用意される冷水→氷水。
無理。死ぬ。逃げたい。けど……と逃げられずにいるうちに冷やされる足。無理。冷たい冷たい無理冷たいとギャーギャー叫ぶ。だって冷たいを通り越して痛いんですけど氷水。
やっと終わった……と、Dさんが戻っていった後で置いていってくれたタオルで濡れた床を拭いたりしたり。
けど、なんだかんだでちょっと足が楽になったような気がする。気がするだけで実際階段を下りるとまだきついんだけど。
まだまだ早い時間なので町の中を少し見回ってみよう、と外に出る。
アルベルゲの入口のところにいる鳥。
小さな町なので、十分もせずにとりあえず他に開いてるカフェやレストランがない事は把握出来た。アルベルゲ1階のカフェで夜は食事出来るらしいので夜はそこにする。
少し散歩してから戻るともう一人巡礼の子が到着していた。韓国の女の子Mちゃん。普通に日本語で会話してくれるので、滅茶苦茶上手いですねと言ったら今は日本で働いているとか。
お湯で足を温めている最中だったので、ああもうすぐ冷たい目に遭うなあと思いつつそっと眺めていました。少し後にやっぱり同じ事やられていたよ。J君は無事だったしMちゃんは別に私みたいに足ガクガクじゃなかったし足湯(氷水)は女性サービスか何かだったのか……。
午後二時に到着するとかなり時間があるなあと思いながら、シャワーを浴びたり文庫本を読んだり日記や文章を書いたりして夕食までゆっくり過ごす。
夕食は8ユーロ。小銭だと足りなかったけどやっぱりお釣りがないと言われたので、明日のおやつにチョコとかクッキーとか一緒に買って10ユーロとちょっと。
巡礼向けメニューにワインとお水とあって、Mちゃんがこういう所でもお水は余ったらそのままもらって翌日持って歩く分にしたらいいんだよと言っていたので部屋に戻ってから私とJ君で分ける。
食事中に色々話をした。Mちゃんは当初の私と同じぐらいの日程で到着するのを目標にしているみたい。でもこの辺りは平地が多いからと、私よりずっと速いスピードで歩いている。
私は今のペースだと期間内に歩ききれそうにないという話をした。無理せずバスというパターンも考えていると。
Mちゃん曰く、歩いて四日目なら今がきっと一番辛いだろうけどこれを越えたら楽になる。でも無理しないのが一番だと。無理し過ぎてブルゴスなんかの大きな街で何日もホテルで休むはめになる人の話も聞くし、そうなる前に休んだほうがいいと。
韓国では日本よりカミーノが有名でたくさんの人が歩いていて、巡礼ブログみたいな記録もたくさん読めて、その中には一日十キロぐらいのゆっくりペースの人もいたりしたと。確かにこっち来てからアジア系の人を見たらだいたい韓国人だなあ。
日本で働いてるMちゃんから見ると、やっぱり日本の社会人はこういう旅はしづらい生活してるよねという事らしい。確かに一旦就職すると長期の休みは取りづらいし、大学生も留年せず新卒で就職するのがベスト、みたいな風潮はあるからねえ……韓国もかなりの学歴社会と聞いた事があったけどそのへんはどうなんだろう?
J君とH君は仲がいいけど、それぞれのペースで歩くからいつも一緒というわけではないらしい。Mちゃんは一人旅でハイペース。いろんな巡礼の歩き方があるよねと思った。この日話しているうちに私は毎日の歩く距離を多少減らして、バスまたは電車で後半をショートカットする事をはっきりと視野に入れるようになった。
部屋に戻って今後の旅程を考える。バスや電車を使える街は次のサアグン、その先の大都市レオン、少し先のアストルガ。
週末にスペインの多くの地域で雪が降ってレオン以降は積もったりしているところもある、という話を既に聞いていた。マドリッドは大雪。テレビでもそんなニュースをやっているのを見た。
出発時点で、雪山やあまりの悪天候であれば安全を優先する、というふうに自分で決めたうえで家族に安全第一ですと言って出てきた。
レオンの大聖堂、アストルガの司教館はどうしても見たい。特にレオンは大きな街だし一日じっくりと観光したい気持ちがあった。
まずレオンまでは歩こう。レオンに着いた日と、残りの日程やその時点の天候で残りをどうするか決めようと決めた。
1/7(日)ボアディージャ・デル・カミーノ~カリオン・デ・ロス・コンデス
6時に起きる。昨日のコーヒーとお菓子代2.5ユーロを宿代に追加で払い、今日は昨日の分を取り返すように歩くぞ、みたいな気持ちで7時にはアルベルゲを出た。
まだ真っ暗。ヘッドライトを点けて歩く。巡礼路の印も見えにくくて色々照らしたり脇道にそれちゃったりしていたらご近所の犬を起こしてしまったようで、思いきり吠えられて慌てて走る。走って、気づいたら手袋を片方落としていた。なので以降は予備に持ってきていた軍手を着用。
(まあ、実際は犬は柵の向こうの庭にいたので逃げなくても安全だったんだけど暗い中で響き渡る吠え声が怖くてね……)
9時頃に最初の町、フロミスタに着いたのでトルティージャとカフェコンレチェで朝ご飯。昨日の夕食を取り戻すかのように食べる。卵と芋の組み合わせはなんでこんなに美味しいんだろう。
今日のルートは途中に小さい町が幾つもあるので昨日よりは気が楽。
昨日程の山道ではないし、時々車も通る道なのでそれだけで安心感があってほっとする。やっぱり悪天候で寒くて自分以外誰もいないというのは心によくない。対向車線を走ってくる車の中には時々こっちを見つけて手を振ってくれる人もいた。
朝食の街を出た時点で少し雲行きが怪しくなってきたので上からカッパ上下を着こむ。本格的に降ってから着ると中で蒸れるから早めに着るのが大切、って初日に思いしったからきっちり着たのに結局この日は午前中ほんの少しぱらついただけで夕方まで降らなかったという。
巡礼路の印と、鹿注意の標識と、レオン州だよって看板が揃っていた風景。
途中で韓国人の男女二人組を見かける。追い抜く時に挨拶して、その後追いつかれる気配が全くなかったからかなり遅い私より更にスローペースで歩いているみたい。きちんとつきそってもらっていたけど女の人どうやらかなり疲れているようで大丈夫かな、とちょっと心配になる。
14時頃。ずっと歩いていて町に入ったもののカフェが見つからない。お腹空いたし座って休憩もしたいなー、とやっと見つけた開いている店に入ったらカフェじゃなくてパン屋さんだった。
でもパンは美味しそうだし飲み物も売ってるし、店内で食べていいよと言ってくれるしでエクレアを二つと缶のファンタオレンジみたいな飲み物を買う。店内の椅子に座って、カスタードクリームうめえ……と休憩してからまた歩きだす。と、さっきの二人組の男性のほうが走ってきて、今日はどこまで行く予定? と聞くのでアプリの宿を見せて答える。
じゃあ後でまた、みたいな事を言ってすぐに戻っていった。もしかしたら開いている宿を確認したかったのかもしれないなと後から思った。
Carrion de los Condes
夕方頃に公営のアルベルゲで唯一開いていた所に着く。
ホスピタレイロはおばあちゃんで、アルベルゲを探していた時に会ったお兄さんと一緒に受付を済ませる。カトリックの巡礼路だから本来は当たり前なのかもしれないけど十字架やキリスト教モチーフの物が受付の部屋には幾つも置いてあって、それまではあまり見なかったから逆に新鮮だった。
この町は修道院に泊まれるアルベルゲもあったみたいなんだけど、冬はやっていないそうで残念。
部屋は幾つかあるみたいなんだけど、あんまり人もいないので大部屋一つを全員で使う。全部で十人ちょっとになったのかな。
ベッドは二段ベッドじゃなくてシングルが並んでていて、花柄のカバーが掛かってて、古い少女漫画にありそうな雰囲気。悪くないんだけど二段の上がない状態はなんだか視界が開けっぴろげな気がして逆に気になってしまった。
Gちゃん他見知った顔が何人かいる。
早速昨日出来なかった充電をしようとコンセント確保……また刺さらない。
このコネクタ、やっぱり規格サイズよりギリギリでかいんじゃないか。あと少し小さかったらぴったりなんだけどプラスティックじゃ無理矢理押しこむのは不可能だしヒビでも入ったら危なくてもう使えなくなるし……。
あと1ミリ小さかったらなあ……と思ったところでネイルファイル(爪やすり)を持っているのを思いだす。艶出し用じゃなくて長さを整えたりジェルを削れる荒いやつがある。
使えるかなと思って試してみたらちゃんと削れました。ベッドの上でゴミ箱抱えてコンセントプラグのコネクタを削る。がりがり粉が飛び散って数分後には問題無く充電出来るようになりました。以後充電出来ない問題は解決。
いつもしてるジェルネイルが取れかけた時のケア用だったけど、実際は取れてきたら爪切りで爪ごとばんばん切っていったので巡礼中に削ったのはこのアダプタだけ。でも役にたったので化粧ポーチに入れっぱなしにしておいてよかった。
暫くしてから途中で会った二人組の韓国人のうち男性だけが到着。今日ここに泊まってる中に何人か知りあいがいたみたいで、後で女性のほうは歩けなくて一旦離脱、みたいな事を言っていた。さっき会った町からはタクシー呼べたし、かなり辛そうだったので確かに無理せずちゃんとした場所で休んだほうがいいんだろうな。私も歩ききるのが目標だけど、それ以前に健康な状態で帰国しないとな、と改めて思う。
三日あるいて足はがくがく。筋肉痛を通り越して地面に足をつくと太腿に痛みが走るというか、片足で体重を支えたり階段を上り下りするのがもう重労働。平地は歩きだせば勢いで進めるけど一旦宿に着くともうまともに歩けない。生まれたての子鹿状態なのを他の人にも大丈夫かと指摘されたり。リュックを下ろすと逆に背中が軽すぎて、足の痛みと上半身の軽さで身体が上下バラバラになったようなふわふわした感覚がある。
ここはシャワー・トイレは男女別。女性は私とGちゃんだけなので気兼ねなく使える。洗濯はヒーターあるけど数が限られてるのでたくさんは干せない。靴下だけ洗って、雨は降ってないけど一日カッパを着て蒸れたズボンをヒーターの無い物干しに掛けておく。
夕食はない宿なのでどこか外で食べないといけない。それに明日の朝ご飯も出来ればどこかで買いたいところ。
スマホで近くの店を探す。バルやレストランはやっているけど、日曜だからか他の商店は休みらしい。だったら明日の朝少し遅めにして、カフェが開いてから出発かなあ。
隣の男性が一番年齢が近そうに見えたので晩ご飯に誘ってみる。というか一緒に行ってくださいって気持ちだ。一緒に行く子がいいならいいよ、という返事をもらい、その後4人で近くの店に夕食に。
カッパを一日着ていてさすがに蒸れた昼間の服は干してきたので上ダウン下スパッツ。部屋着としてはちょうどいいけど外に出ると寒い。
最初に入った店がちょっと高かったので頼まずに出て、巡礼者向けメニューのある店に入り直す。
ここは確か11ユーロで料理二皿+ワイン(か水)とデザート付き。
だいたいどこでも2~3種類のメニューから皿ごとに選べるようになっていて、店によってはコーヒーまたはデザートが付く。
一皿目はだいたいオードブル的な扱いだけどそれでもどんぶり一杯のスープやら山盛りのジャガイモ+卵やら出てくるので慎重に選ばないと胃が大変な事になりかねない。
野菜サラダ+ミートソースパスタ、にしたけどこれでもボリュームが凄かった。サラダも居酒屋で取り分けるサイズみたいなのが一人分でツナやらコーンががっつり入っているので日本で何の運動もしない日ならこれだけで夕食になる量。
パスタ。とても美味しいが二人分ぐらいある。さすがに多過ぎ。
一緒に行ったのは全員韓国人のHさんと学生コンビH君J君。注文がうまくばらけて皆別々のものを頼んでた。だいたい皆食べ終える頃にはもう無理じゃねとか言ってるのに、デザートにアイスがあると元気になる。っていうか昼間寒い寒いと言い続けても、暖かい部屋で食べるアイスが美味しいのはどこでも一緒だねえ。
Hさんは社会人。学生二人は長期休みを利用して来ているらしい。二人のうちJ君とはこの後の道中や宿で何度も会う事になる。
私は仕事辞めて来たよーって言い、悪い事ではないのよという意味でグッバイマイワークス、とかふざけて言ったらH君がグッバイマイユニバーシティ、とか面白がって返してきたのでそれはいかんだろと思わず日本語で突っこんだ。学生さん頑張れ~と思った。
発音が難しくて聞くだけじゃ名前を覚えられないと思ったので、よかったら紙に書いてとペンを渡したらそれがJETSTREAMだというのでなんか盛りあがる。韓国でもこれの細字のやつよく使うよーとか言っていた。
「今日ユキさんが歩いてるところ見てたよ。全身オレンジだから目立つねって二人で話してた」
「オレンジはカッパだから。レインコートだから趣味とは違うんだ……」
みたいな話もしたり。私は上下分かれたカッパを着てたけど、多く見かけたのはリュックごと被せられるポンチョタイプだった。リュックはレインカバーを掛けていても一日中雨だと肩紐のところとか隙間から少しずつ沁みていくからポンチョ型も便利でいいなあと思った。ポンチョと下はレインパンツの組み合わせにしたらよかったなあとか道中何度か思ったりした。
雑談しつつ自然と翌日以降の予定やどこまで歩く、の話になる。
私以外はわりと皆マイペースかつ帰国日までに余裕のある旅らしく、26日の飛行機で日本に帰ると言うと結構大変そう、みたいな顔をされた。
私も今日までの3日間で、一日25キロを延々続けるのは難しいなと思うようになっていた。歩くだけなら不可能ではなさそうだけど、まず宿がたくさん閉まっているこの時期に、うまくペース配分出来るように旅程が組めるかどうか。それに、夜の遅いスペインとはいえ冬は18時を過ぎるとすぐに日が沈んでしまう。着いたら夕方というのがずっと続くと観光どころか街並みを楽しむ事もろくに出来ない。
サンティアゴ到着後に余裕があればフィニステラやムシアへも行きたいなと思うけど、その日を作るためにはどこかでバスに乗るなりする事も考えないといけないのかもしれない。
既に明日の時点で25キロは歩けないのが分かっていた。
明日はほぼ平地だけど、この町を出たら次の町まで17キロ何もないまっすぐな道が続く。夏は道の脇に巡礼者向けの臨時のカフェが出たりするらしいけど、冬はそんなものないのはもう分かっているので明日は何が何でもこの町で朝食を摂らないと。
その先の小さな町のアルベルゲは冬は閉まっていて、次にこの時期でも泊まれるのは30キロ先の町。17キロか30キロか。出発前に決めておかないとペース配分も違ってくるし。
もう一つ、この町から枝分かれする旧巡礼道(?)みたいなところもあったけど、宿情報も少ないし不安なのでやめておいた。
17キロ歩いて余裕があったら30キロ歩くね、と言う。もうここで30キロ行くぜと言えない時点で疲労を自覚してはいたのだけれど。
1/5(金)ブルゴス~オンタナス
1/5(金)ブルゴスからいよいよ歩きだす。
今日から毎日徒歩移動です。
一日に歩く目標は25キロ。サンティアゴ・デ・コンポステーラまではだいたい490キロだから20日でいける。事前に読んだブログの人達とかはだいたい17~20日でここを踏破してるし大丈夫じゃね?
この時は、わりと本気でそう思っていた……。
高低差も一応考えたつもりでいた。実際に歩くと道の状態や天候で疲労度がどれくらい違ってくるかとか、頭の中で考えるだけじゃいかんやつだった。
一応日本で歩く練習もしていたけど晴れた日のみだったから……。
朝、六時半位に起きて着替え、軽くメイクする。
(ちなみにこの日を最後に翌日以降帰国まで日焼け止め塗る以外の化粧は一切せず、化粧ポーチは無駄な荷物となり果てた)
昨日のパンの残りを食べて、自販機でカップのコーヒーを飲んで出発したのが八時前。
スペインは日の出が遅いのでまだ辺りは真っ暗。
敷石の印を辿って歩いた、つもりが逆走していて早速迷子になる。
10分ちょっと歩いてから行き止まりに慌て、地図を見て何か違うと察したもののまだ何が違うか解らない。
スマホの地図とにらめっこしてたら見知らぬおじいさんに話しかけられる。
「カミーノで……」
と言ったら身振り手振りでカミーノはこっちじゃないと言われ、これに沿って歩くんだと来た道を示されてようやく逆走を理解する。
おじいさん途中まで一緒に歩いてくれて、あれが図書館だとか色々教えてくれた。図書館はまだ開いてないけど中で仕事をしてる人の姿は見えて、思わず「こんな朝から働いてるんですねえ」とか言ってしまったけど、暗いだけでもう八時過ぎてたから別に早朝でもなかったしおじいさんにもよくわからんなあって感じの反応をされた。
親切なおじいさんと別れて一人歩く。だんだん街の中心から離れていく。
街の中心を離れて、でも道路は舗装されているし家や店もまだまだあるようなところを歩き続ける。一度また分かれ道を間違えたけど、ホタテ貝の印を見ないなあと思った時点で即地図と現在地を確認すれば何とかなるようだとやっと分かりだしてきた。
で、また別れ道を間違えたところで後ろから声をかけられる。
他の巡礼者さんだった。昨日宿にいたのとは別の人達。
韓国のHさんと、本人から聞いてないけど多分ドイツのGちゃん。
この後も見かけないアジア系の人を見るとだいたいお互い探り探り声かけたりして、韓国の人はこっちが日本人だと知るとだいたい英語で話そうとしてくれるんだけど私の英語があまりに拙いもんで申し訳ない……。
会話は英語と片言英語とグーグル翻訳。
日本だよと言ったらGちゃんが凄いハイテンションになって、どうやら今朝まで二人はT君っていう日本人の男の子と一緒にいて、その子と別れた途端に別の日本人が出てきたというのがツボにはまったらしい。
どこから歩いてるのって話になって、今日歩き始めって言ったらGちゃんがまたハイテンションの歓迎をしてくれて、Hさんが初日から無理し過ぎないようにねと言ってくれた。
途中の店でカフェコンレチェをテイクアウトして飲みながら歩いて、二人に会った頃はまだ街の中って感じだったのが、飲み終えたゴミをゴミ箱に捨てた辺りを境に完全に何もない土地に。この辺りからメセタの台地なのかなあ。
更に天気も崩れてきて、ぱらぱらと雨が。
暫くそのまま凌いでたけど、さすがに辛いのでトンネル? の下を通った時にGちゃんがザックを下ろしてカッパを着たのを真似して私も着替える。
その時点でHさんは特に待たずに先へ歩いていて、Gちゃんもじゃあねーって感じで先に歩きだして、三人ばらばらになるのを一番後ろで見ながらああみんなこういう距離感なんだなあって納得しつつ私も歩きだす。
前にGちゃん。更に前にHさん。
私は歩くペースが遅いので二人との距離はどんどん開いていく。
でも次第に強くなる雨のほうが気になっていた。この日は最低気温も5度以上あってまだまだ暖かかったと後から思いだすけれど、当時は雨の中ずっと歩くのはきついって事で頭がいっぱいになっていた。
ほぼ一日中雨は降ったり弱まったりが続いていた。
道路沿いの道から、だんだん車も通らないような道へ変わっていく。
昼食はカフェで、みたいなのを事前に読んでたけどカフェどころか民家もない山道が延々と続く。歩きに来たというよりもはや登山。
道以外何もないのに時々巡礼向けのベンチや休憩所が出現する。でも冬だからか、水飲み場の水は涸れている事もおおかった。座れる場所ではしっかり座って休んでいるので更に歩みは遅くなる。
食事に出来るような店もなさそうだし、という事で途中道から少し外れたところにあった休憩所のベンチで休憩した。雨風凌げるといっても屋根が完全じゃないので微妙に濡れつつ、ザックに入れてあった非常食のビスケットをお昼代わりにする。
(これは元会社の避難袋の中身だった普通の非常食。退職時に自分で処分してねという事になっていて、遭難した時用に持ってけよと言われて笑っていたものが早速役に立つという……)
思ってたよりきついぞ(体力的に)と弱気になりながら休憩していたら、男性数人が歩いて行くのが見えた。こっちに気づいたのか手を振っていたのでこちらも手を振り返す。
彼らの背中が見えてるうちに頑張るか、とまた立ちあがる。
数人いた人の一人が犬を連れてたからこんな所まで散歩の人なのかな、と最初は思った。犬があちこち匂いを嗅ぐもんでその度に止まってて私でも追いつけるペースだったけど、追い越すときに見たら大きなザックを背負ってて同じ巡礼の人だと判った。
(犬を連れるのはわりとよくあるらしく、私が使ってたアプリもよく見れば宿一覧に犬が泊まれるかどうかの記載があった)
犬連れの人は犬が寄り道しない時はとても歩くのが速くて、一時間ぐらいして抜かされてからはもうその日は追いつけなかった。
登り坂が続いて俯いて歩きながらもうやだ帰る~みたいな気持ちになっている時に、
地面にこんなの見つけちゃうと知らない人の気持ちが嬉しくて頑張るぞって思える。
なんかこんな感じで旅の間中ずっと見知らぬ他人の落書きやら足跡やらに励まされてた。
遠くに町が見えるとほっとする。
でも見えてから着くまでがまた長いんだ。
ここはHornillos del caminoだったかな。出発から20キロぐらいの所。
町に着いたら開いてるカフェがあったのでやっと休憩出来る、と中に入ったらGちゃんと休憩時に抜かしていった男性がいた。
二人とも暖炉で手袋を乾かしたりしてたので私もカフェコンレチェを飲みながら暖炉仲間に入れてもらう。
ザックにカバー掛けてても完璧じゃないのでクレデンシャルがちょっと濡れてて、僕のジップロックあげようかって言ってもらえたんだけど、私もザックの中にジップロックがあるのを思いだして持ってるから大丈夫と答える。
初日から雨とは思ってなくて油断していたんだけど、クレデンシャルとパスポートは以後ジップロックに入れられ、他の荷物もそれぞれ耐水性の袋とかジップロックに小分けにされた。
パスポート・貴重品用の首から提げる小さい袋とか用意してたけど、パスポートは宿で毎回見せるからその度に着こんだ服の下から出すほうが悪目立ちする気がして結局パスポートは財布と一緒にウエストポートの中に入れて、残りのお金半分をしまっておくだけの物になっていた。
二人が発ってしばらくしてから私もまた歩きだす。
残りの十キロに3時間近くかかった。雨は足元も不安になるしやっぱり大変。
オンタナスの町に着いた頃にはもう暗くなり始めていた。
Hontanas・San Juan Pilgrims Hostel
宿に着いたらバンギャ魂が目覚めるような曲調の音楽が聞こえて、お姉さんが迎えてくれました。
「貴方で最後?」
と聞かれたような。私より後ろで迷ってるような人はおそらくいないのでイエスと答えておく。
泊まって、晩ご飯も食べる、と答える。泊まりが10ユーロ夕食が8ユーロだったか逆だったか。受付の建物は受付と食事のみのようで、泊まるのはあっち、と道路挟んで向かいの建物に案内してもらう。2階が宿なんだけど外階段を上り下りするだけで足が疲れているのが解る。
部屋のドアを開けたら今日会った人が殆ど全員いた。HさんGちゃん。私含めて七人。犬を連れてる人だけは隣の部屋をわんこと一緒に一人で使っていた。
下のベッドが空いてる所に寝袋を敷いて、濡れたカッパを邪魔にならないように干して、皆ヒーターの前の物干しに洗濯物や濡れた服を干してるから空いてるところにカッパを着る前に濡れてしまっていたズボンを干す。
食事が18時半からなので色々片づけてたらあっという間に時間がきた。
夕食は全員一緒に食堂で。一人だけ微妙にメニューが違うなあと思ったらビーガンなんだそうで。食べていい物駄目な物が人によって違うのは知ってたけどニンニクも駄目な人がいるというのは知らなかった。
乾杯~がイタリアとかでは「Cincin! 」って言うらしいですね(この時はスペインかと思ってたけど後で調べてイタリアとかフランス中心に、だった)
言った後、こっちは全然意識してなかったのに「あっ日本の人がいるのにごめんね」とか言われたもんで察してめっさ笑う。周囲が「何で笑ってるのにごめん?」みたいな反応をするので彼が「日本語でCincin!というのは男のね……」とか説明しだしておっさん全員爆笑している。どこの国も下ネタは好きなんだなあ……(そしてどこの国の人も歩きスマホをするというのをこの旅行で知った。旅行者も地元の人も老若男女問わず普通にしてたね歩きスマホ)
しかし他の人に話す前に、こっちが嫌がらずにノって笑ってるのちゃんと確認してからネタにしてましたね。そういうところ紳士な人でしたね。
食事もあらかた終わった頃、隣で電話しだす人がいた。どうやら明日の宿に泊まれるかどうか問い合わせてるみたい。
この時は、犬がいると大変なんだなあと他人事だった。でも途中でホリデーって単語が聞こえてちょっと気になる。
シャワーを済ませて部屋に戻る。ベッドのある部屋はスマホの電波が少し悪い。明日はどこに泊まる~と訊かれてアプリを確認。
明日は今日以上に街が少ない。9キロ、18キロ、20キロちょっとの三つでその先は28キロ地点。雪が降るって予想もあったし、今日30キロ歩いて距離稼いだし20キロちょっとの街にしよう。小さな町みたいだしアプリには一年中空いている宿は一つしか書いてない。ので皆ここにするのかなと指し示したら、「No,close」みたいな返答が帰ってくる。え? 一年中って書いてあるやん、と訊ね返し、難しい話になるかなと思ってGoogle翻訳を起動させるけど、昼間は使えたのに何故か翻訳してくれない。
(結局この後二日間程、先に西英韓の三カ国語はダウンロードしておいたはずなのに何故かネットに繋がっていない場所では使えないという現象に悩まされました)
私があたふたしていたらその人は自分のスマホの翻訳で日本語訳を見せてくれた。それによると、
「明日はスペインのクリスマス休暇の最後の土曜日で、アルベルゲもホテルも休みになる。殆ど全部だ。僕達はここから34キロ先の町にアパート(ペンション的なニュアンス?)を借りてシェアするつもりだ。貴方はどうする?」
……34キロは、ちょっと……だって今日ですら30キロに途中かなり休憩したとはいえ8時間以上かかってるし。
「28キロ先のここの町の宿は開いている。それか34キロだ。他は連絡がつかない。どちらにするか貴方は今決めないといけない」
といって自分のアプリのティタスという宿を示してくれる。私も慌てて自分のスマホでその宿を探す。うん、私の使ってるアプリにも登録あるからとりあえず辿りつけるはず。
「34キロは足が痛いので28キロにします……」
「よし、頑張れ」
クリスマス休暇かあ。だからマドリッドやブルゴスの市街地の夜はあんなに電飾いっぱいだったのかな。
この日より後も15日ぐらいまでは途中のいろんな町でクリスマスの飾りを窓に飾ってる家を見ました。
サンタクロース堂々不法侵入!
しかし調べた情報をこうやって共有してくれるのはとてもありがたい。
一応アプリの他にもアルベルゲの冬季営業案内一覧みたいなページもチェックしてたけど、全部網羅しているわけじゃないしクリスマスとか一時的なお休みは載ってない事もあって一番正確なのは前日電話、とかになるみたいで。
明日は朝から雪予報。夜になるにつれてぐんぐん冷えこんで、お手洗いで廊下に出るのもちょっと辛い寒さに。廊下で話した人に、東京ディズニーランドで一年だけ踊ってた事あるんだよ、といきなり言われてちょっとびっくりしたり。
巡礼初日なのを知っているHさんが私のリュックを見て、「Heavy!」と言っている。最低限の荷物しか持ってこなかったはず、なんだけどな……でも持ちあげてみて、「意外と軽い。OKOK」みたいな感想だったから重さのわりにかさばる物が多いんだな。
私はまず寝袋を間違えた。スペインも一番寒い時期なので秋冬用の1200グラムぐらいのを持参したんだけど、皆半分ぐらいの体積のを持っている。だいたいテント泊でも床の上に寝袋でもなくてベッドも暖房もあるんだから真冬でも春夏用で十分だった。この後も宿によっては暑くて寝袋の中は下着とかで寝てた時もあったし。
荷物の重さは着替えを全部山装備で揃えてるかとか自炊をするかで全然違う。5キロもなさそうな小さいリュックの人も見たし、自炊用にチーズやジャムを瓶で買って大変な量になっている人も見た。
少しでも荷物を軽くしたくて初日のブルゴスの宿に白紙のノート3冊のうち1冊を捨て、この夜に英語の指さし会話帳を捨てました。スペイン語のほうはカフェやレストランや町歩きで少しは使ったけど、英語のほうは巡礼同士の会話では役に立たないともう判ったので。
でも渡航直前に買って旅行中に読むつもりだったジョシュ・ラニヨンの新刊は捨てていけなかったな。日本に帰って買い直す手もあったけど読み終えても結局好きな小説は捨てられない。あとボールチェーンがちぎれてザックに押しこむしかなくなった小さなカービィのぬいぐるみも捨てられるはずがない。
明日は途中休憩出来るところも少ないけど、巡礼に来るきっかけになった本(愛の国/中山可穂)の聖地カストロへリスを通るんだ。楽しみ!!!
期待と不安にドキドキしながら眠りにつくのでした。
1/6(土)オンタナス~ボアディージャ デル カミーノ
朝は8時に昨日の夕食と同じ場所で朝食、と言われていた。
8時でいいのか、と少し拍子抜けする。みんなもっと早起きするものだと思っていたから。
6時50分にGちゃんの携帯が鳴る。皆起きない。彼女が一人ごそごそと準備を始めるのを横目にもう少しだけ寝て、7時過ぎに起きて準備する。まだだいたい寝てる。
夜中にバッテリを充電してたのでアダプタをコンセントから抜こうとしたら今度は抜けない……ぎちぎちのところを無理矢理突っこんだからか。結局男性が起きてきた時に力任せに抜いてもらった。これどうにかしないとなあ……。
8時。外はやっと明け方。そこに雪がちらついている。少し濡れた石の階段を慎重に降りて食堂へ向かう。
飲み物とパン。果物つけたら+1ユーロ、とかだったような。ココアとパンにした。トーストにジャムバター塗りたくるやつ。
食後、宿でお菓子とかを売っていたので水のペットボトルとお菓子数点を買っていく。
食べた人からばらばらに出発していく。私が出たのが8時半過ぎ。入口で待ってたおとなしいわんこにお別れして歩きだす。
夜が明けても曇り空で太陽は見えず。
数十分しないうちに、後から出発した男性三人に抜かされる。
やっぱり私は歩くの遅いんだな。歩幅も体力も今日の目的地も違うし気にしてはいかん、マイペースだと言いきかせる。慌てて急いでも余計に疲れるだけ。でも下手に足を止めると風が冷たくてすぐに身体が冷えるので黙々と歩く。
カッパを着こんでいても昨日よりぐんと寒くなっているのが解る。
車道を横切らないといけないような道にはだいたいこの標識があった。で、よく落書きされていた。
サンアントン修道院跡にて
今写真を見ると前の三人きれいに色分かれしてるなあ。かなり間が開いてたけど彼らもゆっくり写真を撮っていたので追いついた。
小説に出てきたサンタクララ修道院は巡礼路を離れてちょっと遠い町外れらしいのでそこまでは行かなかったけれど、街並みのとても素敵なところでした。坂だらけの道も、高台から眺めた景色もみんな素晴らしかった。
天気がいい暖かい時期にここの写真を撮りたいなあ。
日本だと砂糖無しカフェオレ大好き派だったけど、とにかく大量の砂糖でエネルギーを補給したくなる。
カフェで早めの昼食。トルティージャはどこで食べても美味しかった。パンに乗せて食べるの好き。
食べながら他の三人が英語で話すのを横で聞いている。
主に韓国のJさんに欧州の二人組が北とロシア中国、南とアメリカの関係について聞いてるような? 欧州もドイツとかに結構米軍基地あるんだよなあと頭の中で勢力図を思い浮かべる。日本にも米軍はあってどうこうとかも聞こえてきたけど私に全容を理解する英語力はないし、向こうも分かっているので難しい話は振ってこない。
いろいろと立場も主義主張もあるだろうし、もしかしたら巡礼関係なかったら顔を合わせて話したりしなかったかもしれない人達がこうやって旅の合間にそれぞれの国の話をしてるのはなんだか凄い事だなと思いつつ、やっぱり語学力はないよりあったほうが絶対にいいと実感する。
ディズニーにいた人に東京のコーヒーは高いよね3ユーロしたりするよねと言われて頷く。
時期にもよるけど4、500円ぐらいする店普通にあるもんな。欧州に比べて決して東京の物価自体が高いわけではないと思うけど、コーヒーは確かに高いかも。
スペインだとサイズにもよるけどだいたい1~1.5ユーロぐらいでコーヒーorカフェコンレチェが飲める。時々小さいクッキーとかおまけがついてきたりする。甘いのが好きな人が多いのか、砂糖は場所によっては二袋付いてきてさすがにこんなに要らんぞ、と思ったりする。
彼らが店を出る時に「スーパーマーケットに寄るけど行く?」と訊かれたけど、とりあえず今すぐ必要な物もなかったし荷物が増えるのはきついのでお断りして先に歩きだす。
降っていないけど、いつ降りだしてもおかしくない空。
この町の巡礼路の印はこの敷石の矢印みたいなやつ。
町の中の印は最短距離じゃなくなってるところも多いけど、そういう時は小さな教会や人家の密集地帯、見るべき名所なり巡礼で立ち寄るべき場所なりを経由している事が多いみたい。本来祈りながら歩くものだもんね。
カストロへリス自体が坂道の多い町だったけど、町を出てもまだまだ坂は続く。というかここから先が今日一番の難所だった。
この傾斜が1050メートル続くって?
登り始める前から心折れるような標識にびくびくしつつ歩く。ある程度登っては振り返り、来た道を確かめてはまた歩き、登りきったぞと新しく現れる景色を見てはまた目に映る登り坂に愕然としたり。
登ってる途中に雪がちらついてきてさすがに辛い。途中から雨に変わって更にきつくなる。
どこでもドアがあったら家に帰るのに……ないから歩くしかない……とか考えながらひたすら足を進める。
一番きつい坂を登りきった後も続く起伏のある道。後半は霧雨と雨を交互に繰り返すような天気で景色を楽しむどころじゃない。
二日目からいきなりこんな天気でさすがに気持ちが落ちこんでいたようで、後から考えてもこの日の心理状態はおかしかった。毎日宿に着いたら日記をつけていたんだけどその日記にもなんかやたら気弱な事が書いてある。帰国してから見てこれは病んでる……ヤバいやつ……と思ったよ。
日本にわりと心残りな心配事をたくさん残して旅に出たので、そういう事ばかり頭に浮かんでどんどんマイナス思考になっていく。
おまけに電波も悪い地域でTwitterなりLINEで友達の様子見たり励ましてもらって癒される、みたいな事も出来ずにひたすら歩いては立ち止まる。
冬のカミーノは人の少ない所を一人でたくさん歩いて考えるにはいい機会だったけど、この日は別というかやっぱり最低限の環境が保証されてないと、冷たい雨に打たれながらどんなに考えても良い結論が導きだせるわけないやつですね。
Boadilla del Camino Albergue Titas
18時ギリギリ。何とかアルベルゲ着。辺りはすっかり暗い。疲れと天候が相まって昨日よりずっとペースが落ちている。さすがにほぼ一日降られていると防水の靴でも濡れたカッパや靴下から少しずつ沁みていって足から冷えているし。
1階がバルと受付、2階が客室になっている宿。
受付を済ませて2階に上がる。どうやらここに今日泊まるのは私一人らしい。じゃあ皆34キロ地点の所まで行ったのかなあとぼんやり思いながら濡れたカッパや靴を干し、寒いんでヒーターつけてくれと言いに行く。
シャワーが熱くて生き返った気分になる。出たらヒーターがついていたので靴下その他洗って干しておく。
夕食をどうしようか考える。小さな町で、ここに来るまで他にレストラン的なものも見当たらなかった。ここはアプリでは食事ありの表示になってたし下のバルで食べられるのかなーと階下に降りてみたが、どうも料理をしている気配がない。
バル部分は地元のおじさん達が集まって飲んでるみたい。受付してくれたおじさんがたまにお酒出してるぐらいで他に宿の人もいない。
思いきって訊いてみたけどやっぱりないっぽい。
外に出る元気もないし(というか開いてる店がないし)諦めてカフェコンレチェとお菓子的な物はあるっぽいのでそれで済ませる。なんかカステラみたいなやつ。
(シーズンオフだから最低限の宿部分しか営業してなかったのか、あるいはこれ書くのに検索したら普段は奥様と二人でやってる宿みたいだったから、一人の時は料理まで出してないとかなのかもしれない)
Wi-Fiもあるはずなんだけどなくてネットが使えない。しかしこの心理状態でネット出来たらTwitterとかに弱音を書きそうなのでホスピタレイロ(アルベルゲの人)に聞くのもやめておこう、と思ってさくっと諦める。朝昼たくさん食べたから一食ぐらい適当でも動けなくはならないはず。
(ここからしばらくSIM買ったはずのネットが圏外で全然繋がらなかったんだけど、どうやら途中で無意識に設定弄ってしまって通信オフになってたのが数日後レオンに着く少し前に判明する……)
ゆっくり食べてたらホスピタレイロのおじさんがカミーノと熊野古道について書いた本を見せてくれたのでそれを読みながら過ごす。大判で写真の多いハードカバーで、スペイン語と日本語の併記だった。
ここの宿もコンセントが刺さらない。ネット殆どしてないから充電も余裕とはいえこれは本当にどうにかしないといかんな、と思いつつ早めに寝た。
この日は本当に気持ちの面では巡礼中で一番辛い日だった。色々適応出来たのか、ここから先は逆にこれより辛い日はなかったなあってぐらい疲労も山道も雪も気持ちだけは平気だったみたいで、辛い=帰りたいになったのはこの日だけだった。
1/4(木)いよいよ巡礼出発地・ブルゴスへ
1/4(木)
朝、朝食付きプランだったのでもりもり食べる。
フルーツ多め。ジュースと紅茶も飲んでパンとパンケーキ食べたからドーナツはやめておく。
部屋へ戻り、ザックを背負って出発。
アトーチャ駅へもう一度向かい、昨日とは逆方向のバス停……が判らない。昨日のうちにバス停まで確認しておくべきだった。
十時半のバスだから十時には着いておきたい。探すけどよく解らない……昨日のバスは環状線らしいのでそれに乗ってもいつかは着くけど、ぐるっと回って何十分かも判らないものにはさすがに乗れない。
ので、タクシーにしました。サービス料込みで12~3ユーロぐらいだったかな。バスよりずっと早く着いたし迷わないしでよかったです。
十時過ぎにはターミナルに着いた、けど今度は乗り場が解らない。
表示板みたいなところを見に行ったけど、持ってるチケットと数字が合わない。どれが正しいのか……と唸ってたら知らないおじさんが一緒に探してくれて、無事十分前には乗りこむ事ができました。
バスは空いていて、二人掛けの席の隣は誰も座らないままのゆったりした旅。
日本の高速道路とあんまり変わらないような雰囲気だけど、道路沿いの木の種類が違うなーとかぼんやり考えたり。荒れ地っぽいところも夏に来れば麦畑で壮観なのかもしれない。
天気は曇りだけどすいすい進んでいく。
(この数日後にはマドリッド含む広範囲に大雪が降って高速道路も通れなくなったとか。運がよかったみたいです)
約三時間でブルゴス着。市街地の少し外れに着いてそのまま徒歩でアルベルゲと大聖堂のある方向へ向かいます。
遠目にも見えるのであんまり迷わない。
そんなに遠くない。多分十五分かからないぐらいじゃなかっただろうか。
旧市街入口の門
間近に見えてきた大聖堂、の裏側に回って更に歩くと今夜泊まるつもりのアルベルゲが見えてくる。
14時から開くらしいので10分ちょっとすぐ前のベンチで待った。
Casa de los Cubos Pilgrims Hostel
茶色い門の建物。
手前の道路の敷石が黄色くなっているところ。これがこの街の巡礼路の印なので、広い街中でもこれを辿っていけば迷わずに抜けられる。
でも私は翌朝この宿を出た時逆方向に辿って歩いて早速迷った。
この宿にしたのは、事前にこの街でクレデンシャルを発行してくれる場所について調べていた時、ここで2月に発行してもらって巡礼を始めた日本人の人のブログを見つけたから。
かなり大きい。最大で150人泊まれるらしい。
入るとすぐ横の受付におじさんがいる。事前に「今日から歩き始めたいのでクレデンシャルを作りたい」とスペイン語で書いた紙を用意しておいたので、それを見せて聞くと奥のお兄さんに代わってその人が手続きをしてくれた。
パスポートを見せて、そこから必要事項を書いてもらう。名前とか年齢を確認されて歩きでいいねと聞かれ(歩き、自転車、馬から選ぶ)、今日は泊まるかと確認されて終了。
料金(2ユーロぐらいだったような)と宿泊代(5ユーロ)をその場で払い、そのまま中を案内してもらう。
1階は簡易キッチンと談話室と洗濯乾燥機。2階以上はベッドとシャワー・トイレと手洗い洗濯所がそれぞれの階にあって、2階を使うようにと。
スペインだと1階は0階で、2階をファーストフロア、3階をセカンドフロアと言うのね。慣れなくて結局最後まで何度も間違えた。
広い部屋に二段ベッドが大量に並んでいるので奥の目立たない位置に陣取る。先客は一人いて韓国人のおじさん。
一人で宿の中を探検。ベランダに洗濯物干しがあるから多分ここから出て干すんだな……と外に出たらドアが閉まって鍵が掛かって室内に戻れなくなる。このドア一方通行だし! と焦ってベランダから下に降りたりしてみようとしたけどどこも行けない。っていうか寒い。
あわあわしてたら受付のお兄さんが気づいて中に入れてくれました。どうやら出る時にドアの閉める向きを逆にして勝手に閉まらないようにしなきゃいけなかったらしい。
寝袋を出したりしながら物干しをホテルに忘れた事に気づいたけどどうしようもない。さっきの外の物干し台には洗濯ばさみがなかったからそれだけでも手に入れないと洗濯出来ない???
洗濯、今からしてもこの天気じゃ乾かないだろうな。どうしようかな。
迷いつつコンセントを探して昨日嵌まらなかった充電器をぶっ刺す。今日はちゃんと刺さって充電できて一安心。ここはそれぞれのベッドにコンセントがついている。
寝袋を広げてから、この位置だとトイレ行くのにフロア横切らないといけないなーと思ったけど移動するのもめんどいのでそのまま。
フロア内から他の人がいなくなったタイミングを見計らってシャワーを済ませて貴重品だけ持って外へ出かける。
目的は世界遺産になっているブルゴスの大聖堂。
大聖堂の前の広場から。屋台みたいな出店がたくさんあって、日が暮れると電飾が点いてとても綺麗だった。
大聖堂の入場料は7.5ユーロぐらいだったけど、巡礼のクレデンシャルを持っていると3~4ユーロぐらいに値引きされてスタンプも押して貰えた。
中は音声ガイドの貸しだしがあったけど、日本語はなかったので諦める。でも聖書は一応読んだ事あるし聖人の名前だけでも聞き取れたらモチーフが誰か解るんだから英語のを借りておけばよかったなあと後で後悔。
カトリックの多い国だし、ここも他の教会や聖堂も、だいたいキリスト誕生・聖母子と十字架の道行きがテーマの作品が多かったような。
吹き抜けの高い天井ととんでもなく綺麗な建造物に圧倒されて外に出る。
次は大聖堂の裏手の丘へ。城跡と展望台があるんだけど、城跡はどうやら今の時期(時期が関係あるのかは知らないけど)は中には入れないみたい? 展望台から更に少し上に上がったところより先に行けないっぽかったのでさっくり諦める。
街中見渡せて、さっきまで見上げてた大聖堂すら見下ろせる。頑張って上った甲斐があった。
展望台からの景色と世界各地への距離を書いた敷石みたいなやつ。
札幌なのは角度的な問題だろうか。
緑と茶色の野山しか見えない方角を見て明日からあそこ歩くぞーとか考えたり、遠くへ来たなーと思いながらしばらくぼけっとして、暗くなりだした頃に一旦宿へ戻る。
もう一人泊まる人が増えたみたいだった。150人泊まれる宿に3人しかいない。さすがオフシーズン。
壁のヒーターに他の人の洗濯物が干してあるのを見て、ああ来る前のブログで見たヒーターに干せばいいってこれか! と思い至る。昨日の分の靴下と合わせてまとめて手洗いして空いてるヒーターに乗せておいた。温かいし確かにこれだとすぐ乾きそう。
すっかり日が暮れてから晩ご飯を探しに外へ出る。
街がキラキラしてて楽しい。
旧市街の中にはファーストフードの店とかはなくて、食べ物の店もやっぱりよく分からんので適当に歩いて見つけたパン屋さんでパンと、あと屋台でソーセージの入ったパイ? みたいなのを買って宿に戻って食べた。
夜10時ぐらいに消灯。
枕元に充電中のスマホとヘッドライトを置いて、貴重品の入ったウエストポーチは壁際の頭のすぐ横に置いて。
隣の建物かなあ。若い子が大勢で騒いでる感じの声が夜中まで響いてたけど、多分私の頭のほうもハイになっててあんまり気にならない。
元々中途覚醒する癖があるから途中何度か目は覚めたけど、体感としてはぐっすり寝られました。
初スペイン! マドリッド~ブルゴスへ
1/2
ついに出発当日がきてしまった。
荷物は前日までに準備済み。飛行機は深夜23時台。空港までは2時間かからないので昼頃に起きてからずっとドラクエするやつ。
主人公がパレードの服を着ているところで出発時刻になり、ああこの子はこのまま一か月踊り続けるのだなあとそこだけ後ろ髪を引かれながら出発。
羽田空港に来るのは前に大阪行った時だから三、四年ぶりぐらい? 飛行機の乗り方も忘れているので色々確認しながら。羽田はいいけどそこから先は日本語の案内看板ないからね。
ドーハ空港のクマさん。
乗り継ぎのドーハで飲み物を買おうかと思ったけど値札が$かQRしかない。数百円にクレカ出すのはめんどい。ユーロと日本円しか持ってないので諦める。実はユーロでも買えると知ったのは帰りの乗り継ぎ時でした。
フライトが計20時間ぐらいあったので半分寝て半分ぐらい映画観たりしていた。
見逃してたドリーム(Hidden Figures)を観られたのがよかった。あとショーシャンクの空にを初めて観た。
1/3
マドリッド着。現地時間で14時頃。
機内で入れ替えておいたスマホのSIMは無事認証。これでとりあえずデータ通信は出来る。
市街地へ行くにはバス代の小銭が必要。しかし日本で両替したのは全て札。
まず何かしら買って両替しないと空港から出られない。売店みたいなところを探してミネラルウォーターを買う。
空港からのシャトルバスでまずアヴェニーダ・デ・アメリカのバスターミナルまで行く。ここはスペイン各地行きのバスが集まっている大きなターミナル。シャトルバスの料金は5ユーロで40分ぐらいかかったような。
バスの窓越しの陽射しが思ったより強くてこれは日焼け止め買った方がいいなと思う。冬で日本と同じぐらいの気温だから要らんと思いこんでいたが念には念を入れて後で探そう。
ここで明日のブルゴス行きバスのチケットを買っておきたい。当日朝でも買えるらしいけど、一度ターミナルに来ておいたほうが安心かなと。
券売機発見。西英独伊仏と五カ国語ぐらい切替えられるみたいなので英語にする。選択は国旗の表示を押すだけなんだけど、英語を示すのがアメリカじゃなくてイギリスなあたりにああヨーロッパに来たんだなあと思う。
同じ距離でも時間帯で値段が違ったりするし、曜日によって本数が増減する。
10時半ぐらいのバスのチケットを無事購入。18.65ユーロ。
50ユーロ札を入れたらおつりが全部小銭で出てきてかなり焦ったけど、後々この小銭が役にたった。というかこの先は50ユーロ札をどこで崩すか考えながら進む旅だった(小さい店だと高額紙幣のお釣りがなかったりするので)。
バスターミナルの中は色々な店も入っていた。時間(シェスタ中?)と季節的に閉まっていたところも多かったけど。
部屋着にするつもりだったスパッツを持ってくるのを忘れたので探していたらちょうどいい感じの裏起毛スパッツがあったので買う。4.5ユーロ。
チケット確保後にホテルへ。
アトーチャ駅行きの路線バスに乗る。20-30分ぐらいだったような。
アトーチャ駅に用はないけど、ホテルへ行くには駅の反対側へ行かないといけないのでその通り道。ホームが見下ろせて思わず撮った。
駅近くの建物。かなり大きくて古かったから何かなあと撮ってから窓にいろいろ貼ってあるのに気がついて、もしかして小学校とかかなと想像する。
ラファエルホテルアトーチャ
駅から徒歩10分以内の、航空券とセットでお勧めになってたホテル。
設備は普通のビジホ。カードキーが差してもドア開かない! って慌てたけど差しっぱなしにしないで差したらすぐ抜くようにしたらあっけなく開いた。
この旅で泊まったホテルの中で唯一後払い式の色々入った冷蔵庫があったけど水はさっき買ったし特に何も食べなかった。
荷物を置いて少しだらだらしてから、フロントでソフィア王妃芸術センターの位置を確認して地図を貰って外に出る。
アトーチャ駅を通り過ぎて、芸術センターへは18時半過ぎには着いたのですが、平日19時以降は無料入場とかで既に行列が。観光客より地元の人が多いみたい。
入場は無料だけどチケットは無料と書かれたやつがちゃんと貰える。
テロ対策なのか赤外線での荷物チェックあり。大きいザックとか背負ったままだと多分入れてもらえない。
写真撮影は可能な作品と禁止の作品がある。
ダリ。
ダリ目的で行ったけど、違う人の作品。これが一番気にいった絵。
芸術センターを出たのは閉館21時ぎりぎりでした。
ドラッグストアで日焼け止めを探す。サンシェード、とかSPF、とか言ってたら見せてくれたのがアベンヌのクリームだったので無色のSPF20のを購入。13.5ユーロ。
空港を出てから食べてないなーと空腹に気づいて食事できるところを探す。駅前だしバルやレストランはそれなりにあるんだけど、まだそういう店に自力で入る度胸がなくてバーガーキングで済ませる事にする。
なんか全部でかいのは西洋サイズなのかなこれはポテト要らなかったなあ……と思いながら完食。
21時過ぎてても店内は混んでる。というか外に出てもまだまだ人がたくさんいる。駅前の広場は電飾付きのメリーゴーランドがくるくる回ってて子供も遊んでいる。
クリスマス休暇の最中だからか年中こうなのかは知らないけどマドリッドは夜も明るい、というイメージになった。
どこもかしこも楽しいってわけじゃなく、通りを一本入るとあっやべえ、と感じてそそくさ戻ったりもしたけど。
事前に禁煙法があるって聞いていたから煙草を吸う人は少ないのかと思ったけど皆路上で普通に吸う。歩き煙草する。
どうやら駄目なのは「逃げられない場所で子供や他人に副流煙を吸わせる」なのでレストランやホテル等室内がアウトで、逆に歩き煙草はOKみたい。旅行中そのへんの店内に煙草の自販機もたくさんあったし、路上も誰も普通のゴミは捨ててないのに吸い殻だけはよく見かけた。
22時頃、宿に戻る。
ここで想定外の事態。日本とスペインはコンセントの形が違うのだけど、ちゃんと持参していったACアダプタの変換コネクタが刺さらない。
金属部分の形状は合ってる。丸い枠の左右の出っ張り部分。ここが微妙に引っかかって持参したコネクタがきっちり差し込めない。
ちなみに旅行直前に買ったダイソーのC型コネクタでした。お気をつけください。
スマホその他このままだと何も充電できない。とりあえず今夜~明日はバッテリーからの充電で保つけどそれが切れたら地図アプリも翻訳アプリも使えないので詰む。
……ま、明日一日あるならどこかでスマホの充電器ぐらい買えるでしょう。
と、さくっと諦めてこの時間からでも乾きそうな下着だけ洗濯して寝る。
……これが失敗で、翌朝下着だけ回収して、持参した小さめの物干しをそのままホテルに忘れるのだけど。